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東京キリストの教会『朽ちない冠』内御堂真 2020/4/26

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『朽ちない冠』

スライドはこちらから→20200426 使徒シリーズ2 朽ちない冠

 

使徒言行録シリーズ2回目の説教は7章から「朽ちない冠」というテーマで話していきたいと思います。

皆さん、使徒言行録の学びはいかがでしょうか?

最近は使徒言行録を学び、改めてやっぱり好きだと感じています。

もともと私は小説や舞台や映画などの物語が好きなのですが、使徒言行録は同じ要素があります。

イエスが天に昇ってから、弟子たちの物語が始まります。

使徒7章と言えば、ステファノの説教です。

ステファノは出てくる箇所自体は少ないのですが、彗星のように現れて強いインパクトを残していなくなります。

QTシリーズでも学びましたが、ステファノの説教は使徒言行録の中では最も長いです。

それはこのステファノの説教と殉教という出来事が大きな転換点になったからではないかと思われます。

それまでユダヤ教の一部として許容されてきた弟子たちの教会は、ここからさらに激しい迫害を受け、各地に散っていくことになりました。

しかしそれをきっかけにエルサレムから世界に福音が伝えられていきました。

 

ステファノはどういう人物でしょうか?

例によって5W1Hでいきたいと思います。

Who:これはステファノ、今でいうスティーブンです。

スティーブンスピルバーグとか、スティーブンセガールとか、12使徒同様、今でも名前が受け継がれています。

ステファノという名前はギリシャ風の名前で、彼はユダヤ人でしたがギリシャ語を話したり、ギリシャ文化を理解していたと思われます。

なので、6章でギリシャ語を話すユダヤ人が仲間のやもめに対する食事の分配のことでヘブライ語を話すユダヤ人へ苦情が出た時に、その問題解決のために弟子たちから選ばれた7人の執事の一人でした。

12使徒ではない、一般弟子でした。

神と教会に仕える食事の分配役、アッシャーみたいな感じだったかもしれません。

そう思うと親近感が湧きませんか?

ステファノを調べると美しい男性として描かれた絵がすぐ見つかります。

 

 

 

 

 

 

 

彼は6章15節では「最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。」と書かれているので、このような顔で描かれたのかも知れません。

本当はどうかはわかりませんが。

そして、ステファノの隣の天使が冠を持っている絵が有名です。

ステファノという名前はギリシャ語で「冠」という意味があります。

冠って名前は面白いです。

「こんにちは、内御堂冠です。」というのは、なかなか現代ではつけないです。

バルナバは慰めの子、きっと両親は人を慰める憐み深い子に育って欲しいと思って、名付けたのかもしれません。

私は真という名前ですが、真実を大事にする子になって欲しいという両親の思いが込められています。

これは予想ですが、オリンピックで1位の選手には金メダルとともにオリーブの葉で作られた冠が授けられます。

オリンピックはギリシャ発祥で、オリンピックの聖火は今でもギリシャから運ばれます。

ステファノの両親はこの子にいつか何か冠を授けられるような功績を残す子になって欲しいと願ったのかもしれません。

 

When:ステファノが殉教したのはAD35年ごろだと言われています。

 

Where:エルサレムの最高法院にステファノは連れて行かれました。

 

What:何を訴えられたのか?

神に逆らっているということ、モーセとその律法に逆らっているということ、そして、聖所を打ちこわすという三つの訴えに対しての弁明。

 

Why:ステファノは聖書の中で’信仰と聖霊に満ちている人ステファノ(使徒言行録6:5)と紹介されます。

ステファノの大胆な言動の根底には聖霊の働きと信仰がありました。

 

How:ステファノの説教の内容は下記のようにまとめられます。

「アブラハムの召命と割礼による契約」(7:2-8)

「ヨセフ物語と、エジプトへの移動」(7:9-16)

「モーセの誕生と逃亡」(7:17-29)

「モーセの召命と荒野での不従順」(7:30-43)

「幕屋と神殿」(7:44-50)

「告発」(7:51-53)

ステファノは自分が石打で命が奪われる危険性をわかっていながら、イエスラエルの歴史を振り返りながら自分の訴えに対して論証しました。

そしてむしろあなたたちこそ聖霊に逆らい、過去のユダヤ人と同じように神に逆らい、来るべき正しい方、キリストであるイエスを殺したと告発しました。

 

ポイント1:イエスからもらう冠

使徒7:54-60

 

 

 

 

 

 

 

群衆、祭司、また、長老たち、律法学者たちはステファノを最高法院からエルサレムの外に引きずって行って、そこで石打にしました。

神を冒涜したと判断されたためでした。

ユダヤ人の律法の中では石打は当たり前だったかもしれません。

ステファノはこうなることを覚悟していたでしょう。

私はここを読んで、イエスを思い出します。

イエスとステファノが重なります。

実際、イエスが十字架上で言ったこと(ルカ23:46、23:34)と同じことをステファノも言います。

イエスは命をかけて、たとえ人々を怒らせても、どう思われようとも、その人を愛して、十字架にかかりました。

ステファノも一緒でした。群衆や律法学者たちをけしかけてステファノを逮捕させたのはステファノと同じギリシャ系ユダヤ人達でした。

ステファノは同じユダヤ人として、そして同じギリシャ文化を持つユダヤ人としても神様を伝えました。

何の罪もないのに、命を落としていく姿はイエスそのものです。

私は、何度も何度もこのステファノの箇所を読んで、最初どう捉えたら良いかわかりませんでした。

ステファノに共感しようと思っても、ステファノがなんか凄すぎて、あまり近く感じられませんでした。

すごい確信だなと思います。

自分は石打に合いながら、石を投げてくる人のために祈れるかなと考えてしまいます。

そして、なぜステファノは殉教するのかと考えてしまいます。

QTシリーズをやっていると、ペテロやヨハネの十二使徒は投獄されても天使が助けたり、同じように最高法院に連れて行かれても注意だけで終わります。

なぜステファノは天使が助けてくれたり、人々がなぜかステファノを見失ったり、聖霊がステファノを連れ去ったりしてくれないのか?

神様はステファノが死んでよかったのか?

イエスはどう思ってたのか?

どうして何もしてくれなかったのか?

ステファノの死後、イエスの弟子たちは大迫害に遭います。

ステファノのこの石打はその迫害の始まりだったっと言えます。

 

この現代日本で、私たちはステファノと同じような迫害には合いません。

私たちにとっての迫害はなんでしょうか?

私の母は私がクリスチャンになることを反対しました。

心配で心配で寝れないと連絡が来たこともあります。

友達に「俺にはわからない」と否定されたこともあります。

皆さんの中にはもっとひどい迫害に遭った人もいらっしゃると思います。

私が一番堪えるのは、試練の時です。

「どうしてこんなことが起こるのか?」

「神様は何を考えているのか?」答えがわからない時が辛いです。

そして、神様のことが分からなくなったり、孤独に感じる時が弟子として辛いです。

迫害も試練も私たちを孤独にさせます。

 

ステファノはどうして、イエスのような態度を持つことができたのでしょうか?

55節と56節にはこう書いてあります。

『ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。』

ステファノは、神様とイエスを見ていました。

最高法院は屋内だっと思われます。

周りからしたら、ステファノは天井を見上げてるだけのように見えただけでした。

でもステファノの目はイエスを見ていました。

ここでステファノが見てるイエスは神様の右に立っています。

これは聖書の中ではとても珍しい表現です。

大抵の場合、イエスは神様の右の座に座っています。

(マタイ22:44、マルコ16:19、ヘブライ10:12、ヘブライ1:3、エフェソ1:20)

でも、ここでイエスは立ち上がっています。

ステファノの試練の時、イエスはステファノのために立ち上がりました。

どうして立ち上がったかはわかりません。

でも、皆さんも分かる通り、座っているところから立つには明確な意思が必要です。

ステファノがイエスを見ていた時、イエスもまた立ち上がってステファノを見ていました。

自分と同じように試練に会うステファノを座ったままで見ていたのではありませんでした。

ステファノは最初の殉教者と言われています。

もしかしたらイエスは自分が地上を去った後に一番最初に来るステファノに冠を授けようと!立ち上がったのかもしれません。

ステファノがどうしてこのタイミングで亡くならなければならなかったのか、私にはわかりません。

神様にしかわからないでしょう。

でも、神様がステファノをその名前にふさわしい方にしました。

神様がステファノを通して、聖書を通して今の私たちに教えてくださってるのは、私たちも、迫害の時、そして試練の時、あなたが一人だと感じる時、イエスは立ち上がってあなたを見てるということです。

イエスの栄光はこの世のものではありません。

私たちがイエスからもらう冠もこの世に属してません。

もちろん命は大事です。

歳を取れば取るほど、命の特別さが身に染みます。

でも、最終的に私たちにとって、イエスの弟子にとって、死ぬか死なないかは重要ではありません。

ステファノは最高法院にいてもイエスに目を注いでいました。

周りからは天井を見てるだけでも、ステファノは霊的なものに目を注いでいました。

たとえ世が理解しなくても、イエスから安心感をもらい確信を強く持つことができました。

群衆やファリサイ派、祭司たちがどんなにステファノを迫害しても、イエスを倒すことはできません。

だから、私たちもどんな時でもイエスを見ましょう。

私たちの周りのどんな試練も、どんな迫害も、決してイエスが私たちくださる冠を邪魔をすることはできません。

どんな時でも、あなたのために立ち上がって冠をくださるイエスを見ましょう。

 

ポイント2:受け継がれていく朽ちない冠

使徒7:58-60,8:1-3

ステファノの殉教の箇所で、サウロ、後のパウロが出てきます。

彼は周りが石打をしてる時に、上着(この当時高価なものでした)の番をしていました。

そして、ステファノの死後、サウロは迫害を強めていきます。

私は今までステファノとパウロを重ねて読むことはなかったのですが、この箇所を読めば読むほど、聖書は意図的に書いています。

パウロは使徒言行録22:20でステファノについてこのように言います。

『また、あなたの証人ステファノの血が流されたとき、わたしもその場にいてそれに賛成し、彼を殺す者たちの上着の番もしたのです。』

パウロはステファノのことを決して忘れませんでした。

私は感動します。

ステファノがどうして殉教したかは神様にしかわかりません。

でも、ステファノがその死の直前に祈った祈りがパウロに実現しています。

イエスはパウロの罪を許し、むしろイエスを述べ伝える器として用いました。

パウロは生粋のユダヤ人でしたが、ステファノのようなギリシャ系ユダヤ人、そして異邦人を救っていくことになりした。

それは本当はステファノがやりたかったことかもしれません。

パウロ自身には想像もつかないことでした。

ステファノの信仰はパウロに受け継がれていきました。

太陽のように、夕日が沈んでいるように見えても、それは地球の反対側では朝日になっているのと同じように。

パウロの話がここから始まります。

 

私は冠と聞いて思い浮かぶ聖句があります。

1コリ9:25

ここでつかわれるギリシャ語の冠も、やはり「ステファノ」です。

この例えを書く時も、パウロはステファノのことを思い出したかもしれません。

パウロはステファノが遭ったような裁判、暴動、迫害、鞭打ち、命の危険に何度も何度も遭いました。

パウロはその都度命をなくさず生き抜きましたが、最終的にはローマで殉教したと言われています。

ステファノの生き方が、パウロに見えます。

私たちがこの世で生きている限り、命には限りがあります。

普段、意識しない人の方が多意ですが、死と直面してる人は数多くいます。

このコロナウイルスの影響を受ける中、ニュースを見ていても、私たちは命について考えさせられます。

神様がどうしてコロナウイルスのこの状況を許したのか、私には分かりません。

でも、今日聖書からわかることは、私たちが目指し走っている冠は決して朽ちない、決して無くならないということです。

私たちの確信、信仰は決して無くならないで、誰かに受け継がれていきます。

あなたの生き方が人に受け継がれていきます。

私は福岡で船越夫妻の行き方を見て、インパクトを受けました。

この人たちは、本当に信仰がなかったらできない生き方をしている。

神様のためだったら仕事も土地も捨てても良い。綺麗事じゃない。

でもその信仰が私の中に受け継がれています。

私は地方ミッションに行ってません。

でも、この東京ミッションをやっています。

自分なりに精一杯でやっています。

私の信仰は多くの人の確信を受け継いでる。

でも、それを辿って行ったら、私たちは異邦人ですから、パウロに行き着き、ステファノに行き着き、イエスに行き着きます。

私たちは朽ちない冠を目指して走っています。

私たちの目指す冠はこの世の命で終わるものではありません。

いつか天国でイエスに冠をかぶせてもらうその日まで、走り抜きましょう。

私たちの信仰は、私たちが受け継いできたのと同じように、誰かに受け継がれていきます。

決して朽ちず、終わりません。

私たちは今、試練の時にあります。

コロナウイルスに対する恐怖、人と会えない、家にいなきゃいけないことによるストレス、仕事が休めず通勤をしてる人もいます。

医療従事者、介護職、スーパーやコンビニで働いてる人も、感染リスクがある中で働いてます。

体のこと、お金のこと、仕事、家族、様々な不安や恐れがあります。

世の中全体が今そうです。

でも、だからこそ、私たちはこの信仰を輝かしていきましょう。

 

昨日、プロフェッショナルミニストリーでは3つものBTが違うSGで行われて、全てのBTにお友達が参加してくれました。

全部のBTに参加したかったです。

きてくださったお友達は本当に良い人たちばかりでした。

私のSGではオンラインフィットネスBTをやりました。

とっても楽しかったです。

4人の友達が参加してくれましたが、そのうち2人は今聖書勉強をしていて、真剣に救われて私たちの霊の家族になることを考えています。

SGではすでに本当に家族のように互いに励まし合い祈りあっています。

また、新しいシングル男性の勉強が先週の地域ミッションデーディボから始まりました。

この時期でも聖書勉強が増えています。

また、この時期だからこそ、今まで関係があった友達と深い交わりを持てています。

また私は今までにないくらい弟子と一緒に祈っています。

お祈りする機会が増えました。

毎週のディボと礼拝のDグループに加え、お祈りパートナー、週一の交わり、DPパートナーとの時間。

深い交わりと祈りができています。

先週の地域ミッションデーも素晴らしい交わりの時間になったというのがライン上でも伝わってきます。

そのほかにも日々多くのグッドニュースが入ってきます。

 

<まとめ>

1.私たちが苦しい時、迫害や試練にある時、私たちを立ち上がってみてくださってるイエスを見ましょう。

私たちが孤独に感じたり、イエスをそばに感じられない時でも、イエスはいつも私たちと共にいてくれます。

聖書に書いてあるイエスを見ていきましょう。

2.そして、私たちがイエスから受け継いでいる信仰を、確信を持ち続けましょう。朽ちない冠を見続けて、今だからこそ走り抜きましょう。

私たちの信仰も受け継がれていきます。

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