『神様は誠実さを通じて御心を成し遂げられる』
ルツの祈りから学びましょう。
ルツ:
-モアブ人(イスラエル人ではない。異邦人)
-当時住んでいたユダの地で飢饉があった。
-エリメレク(死去)とナオミには二人の息子がいた。
-マフロン、キルヨン(二人の息子)も10年後死去。
①呪いの誓いの祈り
ルツ記1:11-13
息子たちが亡くなった後、基金が終わったユダの地にナオミが帰ろうとした。
嫁二人はモアブ出身なので、ついてこなくていいと伝えた。
嫁二人とも泣いた。オルパは去っていったが、ルツはナオミについていくと言った。
ルツ記1:17-19
聖句の後半のルツの祈りはとてもパワフル。
絶対に決別しないというルツの意思が感じられる。
死以外、わたしたちを離すものはなく。
死んでも離れない。
『死んでお別れをするならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、
主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください』
呪いの誓い:『~でないのなら、神がわたしを幾重にも罰してくださるように。』
サムエル記下19:14 → ダビデ
列王記上14 → イゼベル
この祈りは、強い決意の表れであり、呪いの誓いの祈りと呼ばれている。
マルコ14:17 → ペテロもおそらくこの祈りをしたと言われる。
先日、結婚式の司式を初めてさせていただいた。
結婚式は、他の誰にでもなく、神様を相手にに誓う。
4年前、自分の結婚式で妻の仁美がルツ記から誓ってくれたのを思い出した。
そこでルツ記について深く知りたいと思ったのが今日の説教のきっかけ。
教会の一人ひとりはイエスの花嫁。
男性だとちょっと変な感じがするが、イエスに一生ついていくと誓う。
最近、わたしはこのような誓いをしているだろうか?
呪いの祈りを実践できるだろうか?
呪いの誓い、これはけっこう怖い。
ルツはモアブ人。ユダヤ人と結婚して、特に姑のナオミから神様を学んだ。
夫、そして二人の息子を亡くしたナオミ。
絶望する悲しみがあったと想像する。
しかしその中で神様を信仰し、やさしさがあったナオミをルツはみていた。
悲しみの頂点にあって、神様をみるナオミから離れず、神様をみることをルツはやめたくなかったのだと思う。
わたしがまだ洗礼を受ける前、クリスチャンの皆さんから聖餐式を聞き、
時に苦しみの中で聞く話に心打たれた。
むずかしい中、神様を見る姿にインパクトを受け、
絶望の中で希望をもらった。
「わたしが神様を離れるのであれば、神様がわたしを幾重にも罰してくださるように。」
最近このように祈っている。
励まされる。
どんなときにも離れない十字架の愛、イエスの愛を感じるから。
最近、わたしたちはこのような誓いの祈り、呪いの祈りほどの愛を、神様にそして兄弟姉妹に発しているでしょうか?
神様は厳粛な方。うそや中途半端さを見抜かれる。
人生でどん底でも、最高に幸せな瞬間でも、わたしたちはこのような思いを持って神様に祈ることができる。
わたしたちはこのような誓いの思いを持って、祈りで神様に近づける。
②日常の中での祈り
ルツ記の特徴として、神様が直接話しかける場面はない。
大きな奇跡も起きない。普通の人々の日常がある。
人々の会話ではたくさん、「主」という言葉が出てくる。
ルツ2:4
ボアズが農夫たちに「主があなた方と共におられますように。」
彼らも「主があなたを祝福してくださいますように。」と答えた。
ルツに赤ちゃんができたときの祝福にも「主」がたくさん出てくる。
わたしたちは、日本にいてこのように自然にいう事はない。
たとえば大家さんにばったり会って、
「主が共におられますように。」「あなたにも主が共におられますように。」という会話はない。
もしあったら、どれほど励まされるだろうかと思うと同時に、
それほど普段はこの現代の日本において神様に制限をしているのだとわかる。
しかし海外カンファレンスにいくと、
会話の中に自然に「ハレルヤ!」とか「God bless you!」
というのがたくさん出てくる。クリスチャンしかいなくて、ここは天国のようだと。
日本のある兄弟も、会話の中で「エーメン!それは神様だね!」というのが口癖。
すごく励まされる。
わたしにはまだまだ気恥ずかしさがあったり、忘れてしまうが同じように会話に自然に神様を入れていきたい。
ルツが生んだ息子がダビデの祖父となった。
つまり、ダビデ、イエスの系図にのる祖先となったルツ。
神様はルツの熱心な心をみて、祝福された。
ルツはもちろんそれを知らなかった。
わたしたちにも結果は見えない。
いま苦しんでいる苦難や試練にどのような意味があるのか?
御心にどのような意味があるのか?
と思うことがあると思う。
しかし、ルツ記を見るとわかる。派手な奇跡がなくとも、ルツのように誠実な信仰によって
神様は御心を成し遂げてくださるということがわかる。
教会の歴史をみるとき、東京キリストの教会の前身である、代々木八幡教会。
アメリカ人の名も知らぬ女性が、婚約指輪を売って教会設立のために献金してくれたこと。
わたしたちは大胆に祈りの誓いをしていきましょう。
呪いの祈りをしていきましょう。
ルツのように誠実に神様に着いていきましょう。
今日、ご訪問者の方はいかがだったでしょうか?
もっと聖書を読んで神様を知っていきたいと思った方は、周りのクリスチャンのお友達にそのように伝えてみてください。
いっしょに神様を知っていく助けをしてくれると思います。